HUKUROU書斎 Piaoriyongの日常

池袋で牧師をやっています。クリスチャンとして、牧師として日常を綴る

「キリストが主だから」を読んで

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2016年7月参議院選挙が行われる際、緊急出版したものである。改憲勢力過半数超過するかどうかが争点だった。結果、過半数超過はしたが、クリスチャンとして、どう政治に向かうべきなのか、クリスチャンとしての自由をどう生かすのか、神学に基づいて示唆を与えた本だと思う。

主な内容をまとめてみた。
山口陽一先生
タイトル:聖書にたつ教会の政治参与の責任ー新たな国家神道がはじまりつつある時代に

1942年10月「日本基督教団戦時布教指針」の綱領三に「日本基督教の確立を図り、本教団の使命達成に努むべし」と書かれている。「日本教学の健さんに努め、日本基督教お樹立にまい進すること」とも書かれた。

本のほんの中で、渡辺先生の言葉が引用されている。「権力への服従にはいつも留保がつく」
また、丸山先生の言葉をも引用「今日における抵抗権をめぐって」
抵抗権の根拠として、実定法と自然法がある。
自然法は英国のマグナカルタアメリカの独立宣言の革命権、フランスの人権宣言がある。
民主主義時代n移ってから、主権は国民に移り、民主主義の制度それ自体が一種の制度化された抵抗権になった。

キリスト者憲法よりもさらに根底的な根拠として、聖書に基づく良心により、聖書が求める正当性に拠って立つところの政治的な責任を意識する必要がある。
聖書による抵抗権は旧約、聖書の全体をノモス(規範)とし、キリストの贖いによる創造の秩序の回復を目指すものである。

信仰による抵抗権の行使は私たちの信仰の自由を守るためばかりでなく、日本のための神への奉仕である。



朝岡 勝先生 「信仰告白の事態」と日本の教会
本の中で、自民党改憲草案13条が紹介される。「すべて国民は人として尊重される」
憲法13条「すべて国民は個人として尊重される」「個」がなくなったに注目している。
個人において尊重されう人間の尊厳についての理解の浅薄さが表れている。
「神のかたち」として作られた「一人」の尊厳を無視することになる。

個人より国家を優先する姿勢が強められている。
自民党憲法改正推進本部によれば、現憲法アメリカkら「押しつけ」であり、人権思想は西洋的な「天賦人権説」であって、自分たちはそのような思想には立たないと言っている。

バルトが当時ナチス政権にどう向き合ったのか。神学をした。つまり、神の御言葉に立ち続けたとういう。
いつの時代でも、神のことばの力を信頼し、神の言葉の勝利への信頼であるべき。